Ambient move.

Ambient move. );">

Blog

セッション3 w/Ina2020.03.06

デュッセルドルフから出発する前日、セッション3を受けました。
セッション3は身体の側面に働きかけます。

その前に手の感覚について話したことから手を壁に当てて感じるところから始まりました。
立った状態で両手を壁におき、掌が壁へ溶けていくように感じてみます。

手が溶けて、その手はそのまま壁の奥へと入っていくように。肘はテンションをかけず、ゆったりと曲がった状態、地面の方へ柔らかく、重く感じます。両手は決して押すことなく壁を許して、受け入れる。そうすると、壁の方から自然とこちら側へ寄り添うように話かかけてくる感覚がありました。
見かけは壁の表面に触れているように見えますが、感覚は壁の奥にまで届き、壁の奥行きや広がりが感じられると、それに全身が反応し、緩み、広がり、全身がその環境を受け入れはじめました。

壁と私が交流し、遊んでいるような感覚は、それだけでとても心地よく楽しく、私をリフレッシュさせてくれました。
それは一人の作業ではなく、環境からたくさんのことを話しかけてくれていて、それらと交流することで豊かな身体に変化していくことがわかりました。

この文章を書くにあたって 「感じる」 という言葉を使っていますが、イナさんは "Sense" と言っていました。

"Sense" と "Feel" はちょっとニュアンスが違うのだけど、日本語だと 「感じとる」 と 「感じる」 とかになるのでしょうか。

Feelはこちらから積極的にアクションをおこして強いイメージ、Senseはもっとこう、いい香りがやさしい風に乗ってふわっと香るような、お互いが感じとり合うような(←この日本語なんか変…)繊細なニュアンスなのかなと思います。

その後、手で感じた感覚を使い、いくつかのムーブメントをしたあと、身体の側面にむけた施術台でのセッションを続けました。

今回のセッションで強く感じたのは、1ミクロンでも "Sense" したらそれで十分だということです。
つい、より良く感じとりたいと思って頑張ってしまうと、それは全然違うことになってしまうんです。身体が動かなくても、その動く前の「動き」を "Sence" するので十分と言えるし、そのちーさな反応に私もイナさんもちゃんと気付くことができました。

今、こっちでセッションや話を英語でしていると日本語の時とはやっぱり言葉から受けるイメージって全然違います。
響きも、その言葉を発する人の文化も全然違うので。
だから、日本に帰ってこの経験を生かす時、やっぱり自分の中でよく咀嚼して、自分の言葉や感覚で改めて伝えていくんだと思います。英語圏の方が英語で学んだとしてもきっと同じような過程が必要ですが、言語の違いがあるとそれをせざる終えない圧倒的な理由があるなと思うのです。

    最新の投稿